朝ドラ ひよっこ 懐かしい風景

ひよっこヒロインの みね子の働くような 洋食レストランは
あの時代の子供にとっては 特別なところだった

法事や 正月の 和食のごちそうとは ちがって
肉やバター ホワイトソースやデミグラスソース
最後に出てくる 美しいデザート

畳に床の間 仲居さん じゃなく
テーブルに マントルピース
アームタオルの 給仕なのだ
ぴかぴかに光る フォークやナイフ

年に数えるほどしか つれて行ってもらえない
夢のような 場所だった

昭和の あの時代 家族で洋食屋さん に行くのは
貴重な 非日常的な イベントだった

戦争で日々の食事さえ ままならなかった日本人
子供時代に ひもじい思いをした親が
やっと 訪れた平和な時代に
自分たちの口にできなかったご馳走を
家族だんらんで かこむひとときは

子ども達に してくれた 愛情表現なのかもしれない

お彼岸はみんなでお墓参り

空気の澄んだ 秋の彼岸の仲日

明け方の土砂降りに 驚いたが

出かける頃には 雨もすっかり上がり

家族みんなで お寺に向かう

お墓に供える花は

買ったものだけではなく

必ず わが家の 小さな花壇から

その時々に 咲いている草花を摘んで

いっしょに お供えする

今日は 虎の尾 黄花コスモス キンギョソウなど

買ったものだけよりは 少し賑やかになるが

必ず持参するわけは 見た目のことよりも

季節ごとに 自宅に花を咲かせる

平穏無事な 暮らしができること

家族みんなが健康で

お墓参りができること

そういう事が あたりまえにできている

有り難い 幸せを かみしめながら

暮らしや家族を 御守りしてくださる ご先祖に

改めて 感謝の祈りを捧げる

御住職と 挨拶を交わし

寺を後にしたら

お楽しみの 精進落としに 向かう

普段は忙しく すれ違いの家族も

美味しい 食事を 囲んで談笑すれば

やはり 家族は ひとつだと

あらためて 絆を深める

秋の彼岸の ひとこま

セミリタイアは 朝ドラが 始業合図  

セミリタイア族には  おそらく通勤というものがない場合が 多いんじゃないだろうか
通勤というのはたいていは その日のタイムスケジュールの初めのほうからある

寝坊したり 寝ぐせが直らなかったり 出がけに家族と喧嘩したり 電車が遅れたりして 
とにかく いつもどおりでないと なんとなく その日の 調子が狂うので
通勤時間というのは 内から外 つまり私から公への 大事なトンネルなんだろう

朝プライベートな場所からオフィシャルなところに行き
日が暮れたら そこから また プライベートな場所に帰る
通勤時間のトンネルのなかで それぞれの鎧や戦闘服を着たり脱いだりして
皆 スイッチを 切り替えているんだろうなと 最近 思ったりする  

セミリタイアして 朝のあわただしさが 嘘のように なくなり 
したがって 出かける予定がないとダラダラ うだうだ 
大した用もしないうちに 日が暮れてしまったりする

始業というのは 現役時代には 枷のような ものにしか思えなかったのに
いざ その枷が外されてみると 自由の喜びというより
大海に浮かぶ小舟になったような 心細ささえ感じてしまう 
 
朝は ゆっくり起床して 豆を挽き コーヒーを淹れ トーストと卵を焼き
新聞に すみずみまで目を通し テレビをつけると
ニュースと天気が終わり 朝ドラの音楽が 流れて
短く編集された ドラマが 始まる

今やっているのは ひよっこ というタイトルの
 昭和のオリンピックの時代に 
茨城から東京へ 集団就職で出てきた 若い女主人公のはなし

まだ子供だった自分も リアルタイムで暮らしていた
高度成長 まっただ中の 東京のストーリーなので 
けっこう なつかしい場面が あったりして
毎日 欠かさず 見るようになっている

つい このあいだまでは 毎朝が あわただしくて
まず見ることなどなかった 朝のドラマだったが
今では 毎日の ルーテインの始めに位置する

15分間の朝ドラを 見終わると
朝食と新聞が片づけられて 
身支度をして 家事がスタート 
掃除 洗濯 買い物 食事のしたく
役所 病院 銀行 などなど
 
現役選手には 通勤時間が 始業への 通過トンネルなら 
セミリタイヤ―にとっては さしずめ 朝ドラが 
毎日の ペースメーカー なのかもしれない

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たけのこ たくさん 頂きました

たけのこたけのこ うれしいな

ひとりでに
歌が出そうなくらい 
もらってうれしいものは 
この年になると あまりない

毎年 春になると 
親友が 送ってくれる 
京都の 朝掘り 白子たけのこ

届いた 箱を 開けると
30センチくらいの たけのこが
10本もあり  なにはともあれ
大急ぎで 大なべに いれて
ゆであげる 

なにしろ たけのこは
時間がたつと 味が変わる
はやく はやくと
じれながら 1時間ちかく 
甘い 香りが あたりに 漂い
そのまま なべごと冷ます

あとは お決まりの
京たけのこ フルコース
たけのこごはん
若竹煮 木の芽焼き 若竹碗
お刺身だけは 買って来て
今夜のごちそうに 欣喜雀躍 

ご近所 親戚には
たけのこを おすそわけ
貴重な 京たけのこは
みなさん 目を輝かせてくれる

たけのこは 我が家の春の 風物詩
親友の 心遣いと 自然の恵みに 
ことしも 感謝 
ありがとうございます  
  

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年金暮らしをイメージトレーニングする

セミリタイアの身の上で 現役並みの 贅沢は もってのほかなので
年金のお知らせで想定される 金額で 生活ができるように
未だかつて経験のない 家計簿というものに 挑戦することにした

とは言っても 長年の職業婦人として 帳簿や 申告のための
いわば 公的な 会計には慣れているので
個人的に何をいくらぐらい使っているか 記録することに
しただけなんだが

若い時 あれほど執着していた
服や靴などの ファッション関係には
ほとんど 使わなくなり
ユニクロで 充分 事足りる
むしろ 機能的で 楽なくらい

晴れやかな 改まったところは
訪問着を 引っ張り出して
行先に合わせて 帯を 取り換えれば
失礼には ならないし
シニアは 痛い ファストフアッションより
却って 正装と 喜ばれたりする

どちらかと 言えば 着るものは
買うよりさきに 処分が 当面の 課題である

ということで 衣料品には
あまり 大きな予算はいらないと考えている

老後の楽しみで なおかつ
健康に 直結するのは 毎日の食事である

もうたくさん食べるわけではなく
一番大事なのは
おいしく 気持ちよく
バランスよく 食べたい
ただ それだけ

季節の食材を
新鮮なうちに
あまり 加工しないで
食べられたら
それが 一番だと 思う

幸いに 台所の仕事は 毎日でも 苦にならず
外食も 以前ほど 愉しみでは なくなったので
食費も そうは かからないと
思ってはいるが さて どうかしら
衣食と続けばのこるは 住
住まいは持家 ローン無し ただし昭和の建築
たびたびリフォームをしているが
古いのには 変わりなく やはり 断熱性は 低い
最新のマンションとは 訳が違う

マンション管理は 30年の専門家だが
隣と 上下階の生活音や
細かい規則に いろいろ 縛られるから

さんざん暮らして マンション暮らしは
どうやら 性に合わないようで
からだが動くうちは このまま戸建暮らし だろう

でも 家賃がないと 呑気にしていると
思いがけない 修繕費が ドカンと かかるので
家賃のつもりで 貯金や積立を 心掛けよう

マンションなら 修繕費 と 管理費が
毎月掛かるので 管理組合がない 戸建住宅は
なんでも自己管理が 肝要になる

衣食住 どれも 必要かつ最低限を目指したい
但し 気持ちが 荒む様な 節約は
精神衛生上 よろしくないので そこは 臨機応変に

なんと言っても 心も 身体も 健康であることが
いちばんの 財産なんだから




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セミリタイア ただいま修行中

50代の身には  公的年金の支給は、

まだまだ先の話なのに

突然に老親の介護生活が始まった
もはや毎日通勤するような仕事は

仕事があっても できなくなって

想定外で成り行きの セミリタイアが始まる
親子でバブル経験者の母娘は

つい この間までは 超どんぶり勘定生活

衝動買い 外食ざんまい だった

家中には  ものがあふれ

使わない部屋も 死蔵品の山

たくさん働いて  たくさん使う

20世紀の 価値観の家には

20世紀の 財産が 詰め込まれたままで

21世紀になってから  はや17年

やがて 2020年には

我が人生2度目の  東京オリンピック

一身二世を生きる とは

こういうことも  あるのかなと

感慨深いものがある

東京タワー を見上げた 私が

東京スカイツリーに また 驚いて

50年の歳月に 思いを馳せる

昭和を生きた 親子にとって

親の介護は 社会福祉以前に

まず子供の義務だが
親を送ったあと の

お一人様の自分は どうするのか

20世紀の 家のがらくたを 片付けながら

自分の 気持ちや 暮らしも 整理して

セミリタイア ただいま修行中

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新しい道

20世紀の昭和に生まれ 21世紀の平成に生きている

近ごろ みんながしているブログだそうなので

50の坂を超えて ブログはじめました

人生の後半戦に見たこと 感じたこと 思うこと

つれづれなるままに 綴ります